佐渡御書 創価学会御書講義

佐渡御書
(御書全集九五六頁四行目〜九五七頁一行目)
2007年2月御書講義の原稿

今回は拝読範囲のテーマとなる『ふしゃく不惜しんみょう身命』について
ご紹介しています。

不惜身命とは「不自惜身命」と同意で「(自ら)身命を惜しまず」と読み、仏法求道のため、正法弘通のために、身命を惜しまないことを言います。

言うまでもなく、不惜身命とは、いたずらに命を捨てることではありません。日蓮大聖人は、悪王と悪侶が結託して正法を謗る「時」に「師子王の心」でその巨悪と戦うことが「法を惜しむ」ことであり、その実践を貫けば「必ず」仏になれると仰せです。これが、「末法という時」に適った、不惜身命の信心・勇気ある行動であるといえます。

不惜身命については、次の事項を確認いたしましょう。

・不惜身命の実践は、大切な命を永遠不変の真理にもとずいて使っていくこと(御義口伝・取意)であり、これによって仏になるとは、苦悩の根本である元品の無明を打ち破っていけるということです。
・不惜身命こそが師の魂であり、同じ魂で師弟不二の実践を貫くことが広宣流布を成就する道です。
・日寛上人の「報恩抄文段」には、不惜身命の信心で妙法を弘通していく中に、師匠に対する一切の報恩が完璧に含まれる(取意)ことが述べられています。

池田先生は小説『新・人間革命』早春の章で、次のように記されています。
『誰でも死ぬのは怖いし、また、それほど大事なものが生命といえる。だからこそ、その大切な生命を何のために使うのか―ここが焦点だよ。ところが人間は、ともすれば、この根本問題から目をそらして、眼前の楽しみや利害に心を奪われ、流されてしまう。しかし、私たちは、日蓮大聖人の仏法を持ち、地涌の菩薩の使命を自覚して、人類を救うため、広宣流布のために働いている。最も大切な生命を、最も崇高な目的のために使う、最高の人生なんだ。』
不惜身命の信心・実践にこそ最高の人生があるのです。

【二月度御書学習会拝読御書】
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