創価学会の財務 広布基金は信仰上の権利

創価学会の広布基金のあり方について、一部学会員の言動の一部分や噂から、まるで広布基金が強制的になされるお布施のように誤解されている向きが多い。創価学会の財務部員となり広布基金に参加することはあくまでも信仰上の権利であって義務ではないのである。

創価学会は個人個人の宿命転換と境涯の拡大、すなわち人間革命を根本として地域社会と個人を取り巻く環境の改善を目指している。このことの総和が真実の世界平和への道となる。自他共の幸福を祈り、具体的な行動のあるところ、世界平和はお題目に終らず、理想の実現に向けて明らかに前進するのである。

故に、自他共の人間革命を推進をする人々の和合僧団である創価学会の財政的基盤を強固なものにする財務・広布基金への参加は信仰者の本来念願とするはずのものであり、権利の行使以外の何ものでもないことを知らなければならない。仏法は本来、民衆の自発能動による尊極の仏性の開花に他ならない。意味もわからずに功徳欲しさに上層部の言われるままに財務に参加するというのでは、形骸化した伝統仏教の権威に屈するに等しい。

時に、強制的に大金を財務させられたとの批判を耳にする。その事実があればそれは立派な犯罪だ。いつどこの学会員がそのような強要をしたのか明らかにしてもらいたい。いつ、だれが、どこで。ためにする虚言は論外である。そして、それが事実であるのなら、学会の清流厳護のためにも即刻排除の手を打たなければならない。

本来、一つのはずの仏教が派閥に分かれていることは、時々の権力者による教祖利用であるとは池田先生のお言葉であり、かつまた、歴史上の真実だ。真の民衆仏法は自立を自覚した民衆による権利の行使が根本である。創価学会の広布基金への財務部員としての参加も「権利の行使」であることを夢夢忘れてはならない。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ
タグクラウド